古川利意記念美術館「農とくらし」


福島県西会津町奥川郷にある築150年の土蔵を改修し、会津地域で教員・郷土史家・作家として活動した故・古川利意氏を記念する美術館をつくる計画である。

 

会津の集落の多くは高齢化率が50%を超えたいわゆる限界集落で、その中でも奥川は別格の田舎といわれるような場所である。伝統的な行事や風習、生活が失われていく状況を憂えて、古川氏は会津の風物を数多くの絵に描き残した。美術館は、数百点に上るそれらの作品を保存・展示するとともに、集落の芸術交流拠点となることが求められた。

 

このような場所の建築は、出来上がるものだけでなく、つくる過程も含めた「プロジェクト」として考える必要があるのではないか。そういった思いから、美術館として機能上必要になる壁、什器、照明、庇、手摺などの造作を、漆や手漉き和紙、木工、左官といった地域の技術や材料を使って一つ一つ丁寧に制作していくという設計方針を立てた。地域住民や職人、アーティスト、東京にいる知人・友人の作家を巻き込んで協働し、それぞれの「作品」としての造作をつくっていった。

 

また設計施工と同時に、連携企画として東京都美術館と西会津国際芸術村に巡回する展覧会「ものののこしかた」や資金調達のためのクラウドファンディングなども並走。さまざまな人・物・情報が集落-周辺地域-東京を往来した。

 

こうして出来上がったものは奥地のしごく小さな建築ではあるが、蔵自体が内包する重層的な歴史、多くの人の手と様々な技術の痕跡、そして展示作品自体が持つ物語が凝縮した豊饒な空間となった。そしてその中には、技術や文化を継承し残していくこと、都市と集落をつなぐこと、職人-アーティスト-作家の交流と学びあいのネットワークを生みだすこと、といった大きなテーマが萌芽している。



用途 | 個人住宅(私設美術館)

所在 | 福島県耶麻郡西会津町奥川

種別 | 改修

階数 | 地上2階

建築面積 | 約25.4㎡

延床面積 | 約50.8㎡

構造 | 木造

完成 | 2022年7月

設計・施工 | 小泉立

撮影 | 1,3,4,12,15,集合写真川﨑順平     

   他:小泉立

掲載 | 新建築2023年5月号


蔵は15年ほど前にも施主の幼馴染の棟梁によって改修されており、外壁タイルや内部の階段はその際のもの。

1階多目的ギャラリー。おもに企画展に使用する。さまざまな展示に対応できるよう展示壁や照明を設えた。

漉いた紙を濡れた状態で蔵の板壁に貼り付け乾かすことで、木目や釘跡などのテクスチャを写し取る技法で制作した和紙パネル。出ヶ原和紙の職人でありアーティストの滝澤徹也氏と大山栞那氏と協働。

古川利意氏の自画像。50年間にわたり年賀状として描き続けた正月の風物画のひとつ。

ライティングレールを横付けするための木ピースは配線の固定も兼ね、スポットライトの位置のガイドとしても機能。

漆職人の長澤邦夫氏と吉原友香氏による漆塗りの手摺。地元で掻いた漆を使用した。雰囲気に馴染ませるため、下地に薄くローダミンで赤色を入れる塗り方を試した。

2階常設展示室。数百点にのぼる作品を収蔵しながら展示するために引き出し型の什器を設計・製作した。什器はラワン合板を鉄媒染で黒く染色し風合いを出している。

2階ライブラリーの映像コーナー。照明器具のシェードは刺し子の技法を応用したもの。笹岡辰亘氏の製作。

2階壁面は既存仕上げを解体し土の荒壁を露出。地元の左官職人の手を借りて補修し、固めることで仕上げとした。

梁や柱には釿(ちょうな)で仕上げた跡が残る。

アクソメ図。緑線は15年ほど前の改修、赤線が今回の改修範囲。

プロジェクトを取り巻くネットワーク

古川氏のプロフィールと施設案内リーフレット。デザインは福西想人氏。

開館イベント時の集合写真。地元の人々や工事関係者など、小さな集落に多くの人が集まった。

古川利意記念美術館「農とくらし」

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